プライバシーの守られたリハビリ施設が必要では

7 2月

 薬物中毒者を刑務所に入れても何も変わらない。

 清原和博氏が覚せい剤所持の現行犯で逮捕された。
 薬物をやったら依存症になりやめることができないだろうという確信?があるから、私は怖くてやったことはない(ちなみに同じ理由でタバコも吸ったことがない)が、本人の強い意志があったとしても、覚せい剤を単独でやめることはできないという。
 もし、清原氏がやめようとした時に、社会生活を壊さずに他社から協力を得られることは、そもそも可能だったのだろうか。
 治療しているということが外部にもれずに治療にあたることは出来たのかということだ。

 どのような理由があるにせよ、薬物に手を出すことは問題である。
 ただ、やめようとした時に、どのような選択肢が社会にはあるか。
 もし、薬物中毒であることが会社または社会にバレたとしたら理由をつけて解雇されるか、解雇されないにしても重大な不利益を被ることになるだろう。
 治療していることが秘匿されなければ、治療しようとする選択肢は生じない。
 特に清原氏のように有名人であれば、秘匿されていることを何よりも重視するだろう。
 
 覚せい剤等の薬物の報道がされる際に、なぜ手を出したのか、なぜ薬物をやめなかったのかという意見はだされるが、なぜ治療を受けなかったのかという意見はまずない。
 報道で流される治療施設は、隔離された施設ばかりで、(もちろん隔離された治療施設も必要だが)生活を続けながら治療をうけるという施設ではない。

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