市民運動が政治を動かすために

4 12月

 中道を動かせなければ政治は動かない。
 人格を攻撃せず、妥協をしなければ、中道は動かない。

 2015年の流行語大賞に、「アベ政治を許さない」が選ばれた。
 流行語大賞の選考方法や選ばれた流行語の妥当性はともかく、2011年3月11日の震災以降、市民の政治的な活動が活発になってきていることから、こうした政治色の流行語が選ばれたという側面はあるだろう。
 ただ、こうした発言が繰り返されればされるほど、中道は忌避し、政治を動かすことから離れていくと考える。
 
 議論は、事実と論理において戦いながら観客に自らの意見の正しさを訴える。
 この時に、事実と論理ではなく、相手の人格を否定する(攻撃する)ことは、事実と論理では相手にかなわないから相手の人格を攻撃するとして、負けを認める行為である。
 政治は妥協の芸術という言葉があるように、各人の利益を確保するために行動するのだからすべての利益を一人(一つの集団)が享受することはなく、それぞれに妥協することによって利益を配分する。
 妥協を許容しないならば、そのそも政治の出る幕はなく、話し合いにならない。
 話し合いにならないということは、相手に交渉のテーブルに着くことを自ら拒否しているということであって、自らの集団以外を動かすことはできない。
 
 仮に、ある意見が正しいとしても、相手の人格を攻撃するのであれば、意見が誤っていると主張しているのと同じだし、人格攻撃をする人(集団)を支持することは忌避される。
 妥協しないということは、意見することが目的となり、意見を実現するという本来の目的から離れていく。

 原発や集団的自衛権に対して、人格を攻撃し一切の妥協を拒否しているならば、中道からの支持は得られず、意見をいうことが目的の集団でおわる。

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