政府が介入した株価は景気の体温計にはなりえない

3 11月

 景気の動向を株価で判断することは、長期的には概ね正しいが、短期的にはあてにならない。

 ましてや、政府(日銀を含む)が介入した株価なんて、景気の体温計としての目安にはならない。

 

 日本国民の年金を使った博打(GPIFの運用変更)と日本銀行の負債(追加緩和)によって株価は上昇したが、国民の将来を犠牲にして株価をあげて景気が回復しているかのように粉飾することに、一体どんな意味があるのだろうか。

 株価が上がったとしても(経済成長の全てである)肝心の労働生産性や資本効率が全く変わらないのだから、経済成長はありえないからだ。

 

 株価を景気の目安にすることはいいにしても、株価を景気の絶対的な指標にすることは大きな問題だ。

 労働生産性や資本効率が変わらなくても国民の将来を犠牲にすれば株価を上げることができるし、その時代の政府・政権の権力維持のために将来を犠牲にするだけの政策を実行する動機となってしまうからだ。

 だからこそFRB(アメリカの中央銀行)は株価を政策の目安にはしていないが、日本では株価が、政策の絶対値にされている。

 

 株価と並んで物価が景気の目安にされているが、デフレでなければ景気が良いわけではない。

 不景気においてもインフレは生じるし、他国においてはむしろインフレのほうが問題なのだ。

 

 景気の判断材料は、失業率や実質GDPなどを用いるべきだ。

 官製相場と化した日本の株価は、なんの判断材料にもならない。

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