「反省」の儀式が立派にできているかを強いることは、害でしかない

9 3月

岡本 茂樹

『反省させると犯罪者になります』

新潮社

 

 傍からかかわる者などが、自らや社会的な要請によって加害者に反省を求めるが、原因を取り除き再発をさせるためになっていない。

 内面まで反省したのなら立派な反省の態度をするはずという前提が問題で、儀式のように反省を立派にしても、加害者は抑圧しか生じず、出来事の原因を取り除き再発防止には逆効果と著者は主張している。

 特に、被害者の心情を理解させようとすることは全く意味が無く、加害者の心情を深く掘り下げることが必要らしい。

 

 著者の主張が何処まで正しいのかは分からない。

 社会で強いられる反省は、本来あるべき再発防止という目的と、自らの溜飲を下げるという目的が入り組んでしまっているのではないかという私自身の疑問に答えるもので、非常に参考になった。

 被害者(失敗した出来事)を問い詰め反省させるのでは無く、加害者(行為者)の心情を掘り下げることによって、本当の内面の反省を促す方法は、部下への指導であったり、子育てに活かせる内容であると思う。

 タイトルは過激であるが、内容は熟慮されたものだ。

このエントリーを Google ブックマーク に追加
LinkedIn にシェア
Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です