不透明な選考は八百長と同じ

24 12月

 八百長と不透明な選考は、そのスポーツ界と選手を侮辱するものだ。

 

 スポーツが巨万の富が動くビジネスになると、不正とは無縁ではいられない

 イタリアのサッカーリーグの下位チーム、下部リーグでは八百長がはびこっているとされる。

 イタリアが特別なのではなく、そのほかの国やリーグ、チームでも行われていると考えら、FIFAでは八百長への対策が最大の問題となっている。

 八百長は何故なダメなのかというと、非合法組織の資金源になるということと、興業としての魅力を失ってしまうからだ。

 

 スポーツでは感動と興奮という二つが欠かせない。

 (プロレスのような総合芸術は別として)結果のわかっている試合を見直してもそれほど楽しくならないように、次にどうなるのか分からないということ感動と興奮を高める前提である。

 八百長だと観戦者が思ってしまえば、次にどうなるのかという期待が無くなり、感動と興奮が失われる。

 そうなってしまえば、興業としての魅力は喪失し成り立たなくなってしまう。

 八百長と同じく不透明な選考もまた、興業としての魅力を失ってしまう。

 選手の努力の結果を恣意的に歪め、観戦者が体感した感動と興奮を否定する行為だからだ。

 結果を出しても報われない選手の姿なんて見たくもないし、選ばれてしまった選手を応援する気になれない。

 非合法組織の資金源になっていないとしても、選考委員の不適正な利権になっていると考えると、八百長のもたらす害悪となんら変わらない。

このエントリーを Google ブックマーク に追加
LinkedIn にシェア
Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です