社民党の衰退は、55年体制制の終わり

16 10月

 福島瑞穂氏の辞任による後継の党首選挙では、吉田忠友氏の当選で決着した。

 ただ、国会議員は5名、支持者1万2千にほどの投票というごく小規模な選挙によってだったが。

 

 道化師としての役割を演じることにより自民党と二人三脚で55年体制を支えた社会党は、社民党と名を変えてから、衰退の一途だ。

 55年体制の道化師としては何でも反対出よかったかもしれないが、反対以外に何も無いと判断されれば、一票を投ずることに抵抗を覚えてしまう。

 政権を担ったときに存在感を示せなかったことは致命的な問題ではない。

 一つには、拉致被害者が公に認められてからの対応のひどさから、外交という国家を左右する問題についてこの政党を信頼してはいけないと思わされた。

 そして、社会保障など所得再分配に関する政策について、弱者利権に巣くう左にまつわる悪しきイメージの象徴とされたことが致命的だった。

 対照的に共産党は、労働者にとって宗教的な位置づけに移行することができたから、堅固な支持を維持している。

 

 広がり続けるパイをどのように分配するかでは、55年体制はよかったのかもしれないが、パイが小さくなっていく局面では、おこぼれにあずかることはできない。

 社民党の衰退は、かつての55年体制にはもどらないことの象徴だ。

 

 社民党がこれから存続して行くには、新党として全く別の政党になる以外にない。

 (それが存続していくという言葉にあうのかは分からないが。)

 反原発や反TPP、反自民党と叫ぼうが、その他の政党に埋没するだけで、何ら効果が無い。

 それならば、誰も叫ばない主張をするしかないが、前党首の福島氏のような存在を前面に打ち出した女性党として売り出す位しか思い浮かばない。

 

 民主党もそうだが、過去の成功体験があると、他人任せの風を待つ(緩やかな)衰退という選択肢しか選べなくなるのかもしれない。

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