「原則自由」が原則だ

16 10月

 憲法は、国家による個人に対する侵害を制限するものである。

 どのような趣旨の法律であろうとも、侵害を無制限に認める法は、そもそも憲法に違反するのではないだろうか。

 

 「国家の安全保障」や「子供たちの為」という目的は、これのみでは誰にも反論の余地をあたえないものだ。

 しかし、目的が本当にそうであったとしても、その目的のみで、個人の思想信条や所有権、そして活動に制限を無制限に加えて良いのだろうか。

 

 原則自由で限定列挙した項目のみ制限する法律と、原則禁止し限定列挙した項目のみ禁止しない法律では、自由に対する影響が全くことなる。

 前者の法律であれば、新しい事象に対して制限はされないが、後者であると新しい事象は制限がくわえられる。

 つまり、挑戦すること新しいこと生み出すことを肯定するのが「原則自由」の前者であり、挑戦すること新しいことを生み出すことを否定するのが「原則禁止」の後者だ。

 

 また、たとえ「原則自由」であったとしても、限定列挙した項目の拡大解釈は許されないし、そうならないように立法しなければならない。

 そうでないと、「原則自由」をいくらでも侵害でき、自由が成り立たないからだ。

 

 基本的人権とは、自由があることだ。

 自由を無制限に侵害すること、侵害する余地を与えることは、基本的人権を侵害することと同じだ。

このエントリーを Google ブックマーク に追加
LinkedIn にシェア
Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です