ビッグデータの前にオープンデータを

9 10月

 SNSの普及により、大量のデータがインターネット上を飛び交うようになり、そのデータを活かしたサービスを提供することが注目を集めている。

 既存のデータを活用することは当然すべきことであるし、IT技術の進展と普及がめざましいことから有効に活用しましょうといいうことをビッグデータとか言っているに過ぎない。

 事実と理論よりも、主観(先入観)や感情を重視する日本の経営や政治において、データの活用は言うは易く行うは難しであったから、ビッグデータを活用できるかははなはだ疑問だ。

 日本ではビッグデータ以前に、オープンデータが全く出来ていないのだから、そもそもデータの価値に全く気づいていない。

 

 公の機関が保有するデータは、本来公共の福祉に資するためにある。

 それなのに、それぞれの機関で抱えて離さず、公共の福祉という国家国民のための資産を死蔵させてきた。

 公の機関が保有するデータは、個人を特定できない形で解放すれば、数倍の価値になって国家に跳ね返ってくる。

 アメリカのある地方自治体では、所得情報など地域の情報を公開することによって、学者などがそのデータを利用して論文を公表し、結果としてその地方自治体は実質的無償のシンクタンクを保有することができ、行政に活かすことができた。

 

 誰かが与えてくれたデータではなく、今保有するデータを活用できない者が、誰かが与えてくれたデータを活用できるとは思えない。

 ビッグデータという言葉に踊らされる前にすべきことは、データを活用することである。

 公の機関にとってデータを活用することは保有するデータの解放というオープンデータをすることだ。

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