cool japanに足りないモノ

6 5月

 ハリウッドが、何故映画産業の中心なのか。

 NYが何故芸術の中心なのか。

 それは、世界中のクリエイターが集まり競う街だからだ。

 自国の人間だけの街、自国の人間だけの産業では、世界に発信は出来ない。

 cool japanに足りないモノ。

 それは、自国以外の人とそれを受け入れる街だ。

 

 この20年間、世界を席巻する日本企業は生まれておらず、今まで日本を代表する企業の没落が続いている。

 その代わりに、今まで(権力者・既得権益にとって)見向きもされなかった漫画などのソフト産業が注目を集めている。

 それをcool japanとして世界に売り出す輸出産業としようとしているが、そもそも戦略が誤っている。

 

 不正コピーの防止などはその最たる例で、まったくマニアの心情を理解していない。

 不正コピーを閲覧することは、お金の問題では無く(もちろん、不正に手に入れることを賢いと思っている人間はいるが)、早く見たいという気持ちからだ。

 日本国内でも東京と同じ時に見たいとして、ネットなどで同時に視聴している人たちがいる。

 世界中でも、日本で放送されてから我慢してかなり経ってから見るよりも、少しでも早く見たいために、不正な手段に訴えるのだ。

 やるべきコトは、世界同時に配信することで、不正を防止しようと無駄なお金を使うことでは無い。

 

 同じように、政府・官僚のcool japaan戦略は輸出によってお金を手に入れようとするあまり、ソフトウェアの本来の価値と活用法を理解できていない。

 日本のおたく産業は、排他的に差別されることを受け入れて独自に発展してきた。

 それを輸出産業だとして無理矢理産業化ことは、おたく文化をまったく理解していないちぐはぐな戦略だ。

 輸出産業にしたいのならば、世界中から人材を集め、おたく産業を直に学ぶ機会を与え、そして、それらの人材によって作品を次々に生み出すことだ。

 日本人がたとえばアメリカ人に価値観を考慮した作品を作るよりも、アメリカ人が作品を作ることの方が価値観を考慮した作品になる。

 日本の作品が世界で売れるためには、徹底的なローカル化とグローバル化を同時に進行しなければならない。

 徹底的なローカル化とは、クリエイターの独自色を認め信じることで、グローバル化とは世界中のクリエイターを集め作品を作成させることだ。

 どうやって売るのではなく、どうやって人を集めるのかに知恵を絞ることが、ソフトウェア産業の本道だ。

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