必要なことは選手の育成ではなくて、指導者の育成

9 2月

 選手への暴力事件では、指導体制の未熟さが再度露呈した柔道界だが、この指導体制の未熟さは、その他の競技団体でも言える。

 

 リスク対策は必要なことだが、対策をこうずるうえでの最大のリスクは、リスクが何か識別出来ないことだ。
 選手と指導者が徒弟制度のように排他的で服従を強いる関係では、問題は気づきにくくまた隠蔽されやすい。
 何よりも指導者も育成においてもこの徒弟制度が維持されているため、リスクを気づけないことは引き継がれる。

 犯罪行為を正当化する以前に、犯罪だと理解できていない者を指導者に任命する組織では、指導者を育成するという考えはそもそもないだろう。
 いや、指導者を育成できていると今でも考えており、問題意識すらまだなのかもしれない。

 

 サッカーはコストをかけてライセンス制度を導入することによって、指導者の育成に正面から向き合っている。
 問題なのは、日本で昔から人気もあるスポーツにおいてはこうした動きがないことだ。
 野球においてプロ野球選手が高校野球を指導できるように要件が実質的に無くなる見込みだが、プロ野球界は、指導者の育成にどれだけ本気で取り組むのだろうか?
 今のままでは、元プロ野球選手による球児への暴行事件が紙面を賑わすのは確実だ。

 

 敗戦が続く戦争末期の日本の軍では、叩けば叩くほど優秀な軍人ができるという信仰に基づいた指導という名の暴力が横行していたが、負けるための教育方法を引き継ぐ理由は全くない。

 徒弟制度にもとずく閉鎖的な指導者の育成ではなく、組織としての指導医者の育成は、急務だ。

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