「特殊」(特別)な仕事ってなんだろう

9 2月

 誰しもが、自分のやっていることが「特殊」(かつ特別)と考えているのだろうが、本当に「特殊」なのだろうか?

 日本の労働者は転職等の移動が少ない、特に異業種間での人の交流が乏しいことは顕著だというが、その理由は何か。

 「自らの所属している業種、会社、部署は他の一般的な企業とは違う」と誰しもが考えていることが原因ではないだろうか。

 つまり、人材を募集する側が、「自分の業種・会社の特殊な状況を理解し、かつその知識・能力のある人材」を求めていること、応募する側も「自分の持っている特殊な専門能力は同業種でしか活かせない」と考えていることだ。

 研究開発のような高度に専門性が求められる職場ならともかく、その他の業種・職種においてそれほど大きな違いはあるのだろうか。

 

 例えば法律(特に私法)では、民法が基礎の一般法で、その他の法律は民法の特別法でしかないのだから、民法をしっかりと学び身についた者であれば、その他の法律は民法を応用させて対処することが出来る。

 会計や税法でも、基本的な概念を理解すれば、その他の業種に行ったとしても対処するだけだ。

 何よりも、社内にネットワークを構築し、問題を解決していくことは何処の業種でも会社でも行われていることだ。

 社内で優秀な人材は、他の企業に入社していても一定以上の高い評価をえているだろう。

 

 お金という動機と結果があり、お金というモノに基づくロジックは普遍的なものだ。

 「自らが持っているものは特殊だから」と考えてしまえば、自らの可能性を閉ざし価値を下げるだけだ。

 普遍的知識・普遍的ロジックを強化することが何よりも価値を高める。

 それは本来高等教育で身に着けるものであるのだが、日本では伝統的に教育現場でも企業でも価値が理解されていない。

 哲学はロジックをとことんまで追求する学問であるのに、日本では(哲学者自身)全く気づいていない。

 「特殊」(特別)という言葉に逃げないで、企業も、労働者も、教育界も、普遍的ロジックの価値を認識するべきだ。

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