実名報道の前に、すべての記事に署名せよ

23 1月

 アルジェリアのテロ(紛争)により、日本人に多くの犠牲者が出た。

 弔いや公的性格を理由に、犠牲者の実名報道すべきだという意見が記者サイドからある。

 今すぐに犠牲者の名前を報じるべきと言う意見には私は反対で、公的側面から絶対禁止にも反対で、1年後など時間が経ってからにすべきと考える。

 

 官房記者会見への出入りなど、新聞・テレビは報道という大義名分の下、社会的な恩恵を受けている。(経済的支援もあるし。)

 報道が公共性を有しているとみなされているからこの恩恵は正当化されているのである。

 その恩恵を受けている対価、つまり、自己の責任において伝えることを果たすべきだ。

 どのように客観的に報道しようとしても、人が行うことであるから当然恣意性が入る。

 このこと自体否定されるべきでは無いが、報道にどのような恣意性が入るかの判断材料を提供するためにも、報道の受け手が誰が書いたのかを知るのは大切なことだ。

 自分が書く相手だけは実名を要求し、伝える段階になったら自分は隠れておきながら、公共性を主張することは滑稽では無いだろうか。

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