「死に票」なんてものは無い!

9 12月

 「死に票」という言葉は、最低の偏向報道だ。

 投票は、自らの価値観と勇気を持って行うもので、その投票先が当選するか否かで行うものではない。

 「死に票」という言葉は、世論調査で上位に位置する政党・政治家を勝たせるための宣伝文句である。

 

 多くの政党が乱立した今回の衆議院選挙で、「死に票」(投票した候補者が落選した票のこと)が多く発生することが、マスコミでは喧伝されている。

 しかし、この「死に票」は、問題であるのか。

 

 「死に票」を無くすのならば、某国のように候補者を一人にするか、または、当選しそうな候補に票を投ずることを争点にすればよい。

 だがそれは、民主主義でもっとも大切な選挙とはかけ離れた者だ。

 自分の価値観と勇気で投票することによって、政治の場でその意思が反映される。

 仮に投票した候補者が落選したとしても、当選した候補者は、落選した候補者の投票数をに応じて自らの今後の政治行動を制約を受けるのだから、間接的にその投票行動は活かされるのだ。

 候補者にとって、当選することがすべてであってそのこと自体は何ら否定されるものでは無い。

 しかし、民主主義の選挙を尊重すべきマスコミは、多数の意見と少数の声なき声のどれをも尊重すべきであって、少数の声なき声を価値が無いとする「死に票」という言葉を乱発することは、自らの役割の放棄でしか無い。

 

 「死に票」にならないことを基準に投票する自由は有権者にはある。

 だが、「死に票」を問題だとして有権者の価値観と勇気を否定する報道は、明らかに誤りだ。

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