優秀なのにはワケがある。

21 6月

 有罪率の低下は、刑事裁判の健全化の目安。

 

 日本の刑事制度は非常に高い有罪率を誇っていた。

 有罪にできそうもないものは不起訴にしているということと、日本の警察・検察が優秀であるということが、理由とされていた。

 有罪率の低下などは、日本の警察・検察の水準が落ちたことが理由とされているが、果たしてそうであろうか。

 調書は、検察が自由に書くことができる。

 事実に反している虚偽の内容であったとしても、調書に記載すれば、記載されていることが真実とされた。

 日本の刑事裁判は自白偏重主義であって、調書は全面的に信頼され、被告が何を言おうと覆ることがなかった。

 だから検察は、被告を有罪にするために、有罪にするための調書を勝手に書く。

 裁判官は、検察の書いた自由作文である調書を全面的に採用して、被告に刑を科す。

 検察と裁判官が被告(!)や弁護士を排除して、二人三脚で刑事裁判をするのだから、有罪率が異常に高くなるのは当たり前だ。

 有罪率の低下は、被告や弁護士の意見が取り入れられる可能性がでてきたことが、要因の一つだ。

 決して、嘆くことではない。

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One Reply to “優秀なのにはワケがある。”

  1. まとめtyaiました【優秀なのにはワケがある。】

     有罪率の低下は、刑事裁判の健全化の目安。  日本の刑事制度は非常に高い有罪率を誇っていた。 有罪にできそうもないものは不起訴にしているということと、日本の警察・検察が優秀であるということが、理由とされていた。 有罪率の低下などは、日本の警察・検察の水…

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