可能性の芽を摘むことが罪だ 「違法ダウンロード刑事罰化・著作権法改正」

18 6月

「社会変化に対応したくないから、法律を変えました。」という産業に、明日は無い。

 

・楽しみ方は、人それぞれ。

・世界標準を拒絶しても、衰退はとまらない。

 

・楽しみ方は、人それぞれ。

 違法ダウンロードを刑事罰化する著作権法改正が、衆議院を通過し、参議院も通過するだろう。

 この「違法ダウンロードを刑事罰化」という言葉だけをみれば、おかしなことは無いように思われるかもしれないが、その中身は実に深刻だ。

 利用者がそのサイト・ファイルが違法化か否か判断がつかなかったとしても、クリックすれば刑事罰が科されるという誰にとっても非常に危ういものであること。

 そして、リッピングなどの消費者の行為を大幅に制限することが含まれていることからだ。

 特に後者の、リッピングなどの私的複製を違法としている点だ。

 

 DVDを購入し、それをパソコンに落とすことは違法となる。

 英語の勉強のために、DVDをpadやスマートフォンに入れておくことも違法となる。

(正確には、CSSによってコピー防止がなされているDVDです。)

 DVDを購入したとしても、必ずDVDで視聴しなければならず、その他の多様な視聴の仕方を制限するものだ。

 そして、DVDをパソコンに落とすためにソフトを提供することに罰則を科している。

 

 「私たち(企業)が思う楽しみ方以外を法律で禁止します」と宣言されて、喜ぶ消費者はいるのだろうか。

 そのサービス・商品を、これからもっと消費しようと思うのだろうか。

 

・世界標準を拒絶しても、衰退はとまらない。

 消費者が、多様に楽しもうとすることに需要が生まれ、そしてそれを満たすためのツールが提供される。

 一度ツールが提供されると多様な楽しみを覚える人が増え、ツールはどんどん改良され、消費者の望みにこたえてくる。

 そうやって技術は向上し、その中から新しい技術や産業が生まれていく。

 ソフトウェアは、大企業が資金を投じるから画期的な発明が生まれるのではない。

 消費者の需要に応えようとするところから生まれる。

 Appleは、13歳から17歳までのアプリ開発者150人をカンファレンスに招待するなど、若者の開発者に注目しているのは、多様な参加者によって大きな市場と利益を享受できるからだ。

 

 Appleやgoogle、そしてFaceBookなどの世界市場を変革させる企業が、なぜ日本からは誕生しないのか。

 消費者を規制することに汲々としているからだ。

 新しい目を摘むことに必死になっているからだ。

 

 楽しみの世界標準は、規制からは生まれない。

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