つぶされた改革の芽

5 12月

 挑戦することも時間も与えないで、改革はできない。

 残ったものは、何も変えられない環境だけだ。

 

 政権交代によって今までの延長線上ではない政策、つまり改革が行われることが期待されたが、3年間で変ったことは、首相が3人目になったことだけだ。

 鳩山政権が短命でおわらなければならなかった理由はなんだったのだろう。

 どんな理由だったか思い出せず、原因らしきものをいくつか挙げてみても、短命で終わらせなければならないとは思えない。

 良くも悪くも何かを変えようというエネルギーは、鳩山政権の崩壊によって完全に潰え、60年体制という政治の茶番の延長が決定した。

 政治家とマスコミの茶番に付き合う国民は、確実に希少な存在になったことも、首相以外で変ったことといえるのかもしれない。

 

 誰が悪いのかという報道をしていても、いざ行動するとなるとそれを報道が妨害する。

 マッチポンプでしかない報道に踊らされることに疲れてしまった。

 マッチポンプであるだけならまだしも、挑戦をつぶす機能しかないのなら、存在価値はどうなのだろう。

 私のように関心を失わせることが目的なのなら、立派に機能しているといえるのだが。

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