appleとNintendoとマンガ

12 10月

・styleを変える商品とは、だれもが理解できる商品である。

・スティーブジョブズにできたことは、日本の文化でもできる。

 

 appleは、マウスやらキーボードやらとごちゃごちゃしたパソコンを、padによって子どももお年よりも利用できる商品にした。

 Nintendoは、複雑なボタン操作を排除し、テレビゲームを子どもの遊びから誰もが遊べる商品にした。

 マンガは、囲碁や法律やクラシックや世界情勢などの難解で専門家やマニアのための情報を、だれもが理解し楽しめる商品にした。

 

 人びとに新しいstyleを受けつけ、そして文化にしてしまう商品とは、誰もが理解できなければならない。

 誰もが理解できない商品とは、マニアのための商品にしかならないから、styleにはならない。

 

 ガラパゴスと呼ばれる、日本の閉鎖性と国際感覚の無さは、果たして正しい評価であろうか。

 私は全くそのようなことは無いと考えている。

 今は没落したsonyは、styleを生み出すから成長したのだ。

 マンガが世界に進出できたのも、だれもが受け入れられるstyleを持っているからだ。

 惜しむらくは、特異な才能を持った人物が輝ける場所が、マンガなどに限られていることだ。

 成功体験を共有している団塊の世代が、その成功ゆえに次の成功を妨げていたが、退場した今、新しい成功が待ち受けていると、私は楽観している。

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