観賞をする、ということ

28 9月

 映画であれ、音楽であれ、写真であれ、私が「作品」を鑑賞するとき、「おもしろい」か「分からない」の二つで評価する。

 評価するというよりも、「作品」について高尚な批評をすることができないから致し方なくというだけなのだが。

 そんな私が「作品」を鑑賞する際に心がけていることは、楽しむことだ。

 理屈や前評判で「作品」に接すると、かっこよく「観賞」しようとしてしまい、「作品」ではなく、まわりの評価ばかりが気になってしまうからだ。

 また、理屈をつけてぐだぐだ批評しないことは、自らがした批評に対して他者が批判した場合、十分な回答ができないからだ。

 

 ただ、批評しないことは、「作品」の創造主である作者に対して無礼ではないかと考えるときがある。

 批評することを通して「作品」と対話するからで、批評しないことは、作者からの対話を拒否することだからだ。

 対話という視点で観賞することを考えると、私にとっておもしろい作品とは、作者との対話を「作品」をとおしてできることであり、分からない「作品」とは、対話をすることができない、対話をしようと思えないことだ。

 

 まぁ、観賞することにこだわるよりも、おもしろい「作品」にたくさんであえれば幸せだということは、確かなことかな。

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2 Replies to “観賞をする、ということ

  1. SECRET: 0
    PASS: 2c7a5a6bfa4b5baee3b981b7803c3747
    これで深夜アニメをチェックできるようになったじゃないですか!
    今秋の深夜アニメは良作が多いので是非その素晴らしいTVで視聴してください。
    そして、僕と同様にアニメオタクになってください。
    ちなみに、現在放送されているアニメの中では「たまゆら」が僕と道さんが期待してるアニメです。

  2. SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    了解です。
    「たまゆら」チェックします。

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