「検察とマスコミ」に対する抗議デモ

25 10月

 2010年10月24日、、「権力とマスコミの横暴に抵抗する国民の会」が、検察、検審、マスコミに対する抗議デモを銀座で行い、1000名が参加した。

 

 抗議デモ参加者は、

・小沢一郎は潔白

・検察とマスコミの世論操作は権力の濫用

・取調べの全面可視化

・記者クラブの解体

 を主張していた。

 

 今回の抗議デモは2つの特徴がある。

 一つは、「マスコミに対する批判が、集団行動として実際に行われたこと」である。

 ネット上で新聞の社説や記事などについて様々に批判されている。

 しかし、ネットの中の「身内」の会話であって、社会に対する行動や呼びかけにまで至らなかった。それが今回は抗議デモとして、身内以外に対して積極的にPRするにいたった。

 企業が提供するサービスについて、完璧なものはない。時にはクレーマーのような無理難題の批判もある。

 今までのネットのマスコミ批判は、マスコミにとってクレーマーの戯言に等しいものであっただろう。対応したら問題が大きくなるから、黙殺するのが正しい対応だったのかもしれない。

 しかし抗議デモとして「他人」に呼びかけ、「身内」を増やそうとする行動に対して黙殺を通すことは、正しい対応だろうか?

 しかもそれは、マスコミの提供するサービスではなく、マスコミの存在自体に対する批判なのだから。

 もう一つは、「小沢一郎の直接、間接的な支持者が大部分であるが、個々の主義主張はばらばらでまとまりがないこと」である。

 つまり、小沢一郎を支持するという核があり、それを引力として集まっているということである。しかしその引力は、小沢一郎という人物なのか、政策なのか、偏向報道の被害者を擁護するだけなのか、又はそれ以外の理由なのかは定かではない。

 しかし、一つのキーワードになっていることは間違いは無い。

 

 では、今回のデモは何なのか?

 日本経済・日本社会の閉塞感の原因を、政財官、報の複合体とアメリカにあり、その政財官、報の複合体とアメリカの既得権の解体を最終目的とし、その手始めとして、検察とマスコミに対して抗議したと私は考える。

 参加者の直接的な利益にならない、あいまいな目的のために1000人が集まった。

 サービスを批判しているのでなく、存在を否定するために。

 これを少ないとみるべきか、多いとみるべきか。

 私は多すぎて怖いとすら思う。

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