司法界には、何かの陰謀がある?

17 10月

 司法界では今、とてもシュールで不可解なことが続いている。

 私は何かの陰謀があるのではないかと疑っているが、どんな陰謀なのか全く検討がつかない。

 陰謀が何かを知っている人がいたら、是非とも教えて欲しい。

 (証拠の改ざんはシュールで不可解な出来事ではない。検察は収集した証拠を公開する義務が無く、また調書も自由に作成できる。検察は証拠を改ざんする「動機」と「機会」が与えられ、しかもそれをチェックする仕組みがそもそも無いのだから、以前にどれほどやられていたとしてもおかしくなく、また確認できない。つまり、前田検事を取り調べている最高検の人間が、過去に証拠の改ざんをしていないとは言えない。)

 

 ・最高検が大阪地裁特捜部を家宅捜査

 親が子どもの部屋を捜査するようなものだ。

 身内同士の捜査であるし、捜査に入るのが分かっていたものであるから、最高検が力を入れて捜査しているというパフォーマンスでしかない。

 しかし、捜査に入る側が捜査に入られるなんて・・・。

 (捜査に向かった先が自宅だったようなものだ。)

 

 ・前部長・大坪弘道「最高検のストーリにはのらない」

 今まで検察はストーリーを創り、ストーリーに合うように調書をとり、ストーリーに合わない証拠は隠蔽し、裁判所はストーリーに合うように刑罰が決めて多くの人びとを検察・裁判所は犯罪者としてきたのに、検察はストーリーなるものの存在を否定してきた。

 それなのに捕まったとたん前部長・大坪弘道はストーリーの存在を認め、最高検のストーリーと闘うことを宣言した。

 ストーリーと闘うことは、今までの検察の仕事を否定することではないのか?

 まぁ、ストーリーの怖さを知っているからこその発言なんだろうけれども。

 

 ・前副部長・佐賀元明「取調べの全面可視化」を最高検に要求

 検察は、密室の中で圧迫し、脅迫し、精神的に追い詰めて都合の良い調書にサインをさせてきた。

 検察の行う取調べが、精神的拷問であり非人道的なものであるかを、多くの被疑者に対して執行してきた者だからこそ良く知っている。だから精神的拷問を防止するために「取調べの全面可視化」を求めたのである。

 今まで「取調べの全面可視化」を求める動きに対しては、「被疑者との信頼が壊れる。」「被疑者が真実を喋らなくなる」として検察は反対してきた。

 そう主張してきた者だからこそ、密室の取調べを受け入れるべきではないのか?

 (密室だから信頼が生まれるんじゃないのか?密室だったら真実を喋るじゃないのか?)

 「取調べの全面可視化」を最高検に要求することは、反対の理由が理由にならないことの証明でしかない。

 

 ・裁判所は、最高検が求めた接見禁止を認めなかった。

 今まで検察が被疑者に対する接見禁止を裁判所に認めた場合には、裁判所はほぼ間違いなくそれを認めてこなかった(弁護士にも会えない)。

 理由は、口裏を合わせるなどすることや、証拠隠滅の恐れがあるからだ。

 それなのに今回は、裁判所は接見禁止を認めなかった。

 今回の被疑者は刑事裁判を良く知っている者であり、口裏あわせや証拠隠滅をどうすればよいかを知り抜いている者である。

 この人たちを接見禁止にしなくて、だれを接見禁止にするんだ?

 元々裁判所と検察は兄弟のような関係だから、兄弟には優しい対応をしたのかもしれない。

 兄弟ではない一般の国民に対しては接見禁止を認め、弁護士や家族に合わせず、毎日検察の精神的拷問にさらされようが、裁判所はどうでもいいんだろうけれど。

 

 ・100人近い弁護団の結成

 両名に対して100人近い弁護団が結成されるようだ。

 司法的対応のできない個人(厚生省の局長など)に対する特捜部による国策捜査では弁護団は作られないのに、弁護士資格をもち、今まで捜査をしてきた者たちに対しては大規模な弁護団が結成される。

 今回参加する弁護士たちは、どのような「正義」をもっているのだろうか?

 少なくとも「弱者を守るため」ではないだろうに。

 

 ・検察庁の「第5検察審査会事務局」の平均年齢の誤り

 第5検察審査会事務局は最初平均年齢を30.9歳と発表していたが、あまりにも平均年齢が低すぎることから、公正な抽選によって選ばれたのかという疑問がもたれていた。

 その後検察庁は「計算ミスがあった」として訂正したが、今度はその計算が合わないことを指摘され、再度訂正した平均年齢を発表した。

 (前回の審査員がそのまま再任されたと仮定すると適切な平均年齢になる)

 「検察審査会」の権限は、強制的に起訴する、つまり個人の身体的自由を強制的に制限するという極めて凶悪な権限を有しているにもかかわらず、選考の過程や議論の中身などすべてが非公開である。

 恣意的に運用することが可能であり、それを事後的に検証することさえされない。

 しかも、確たる証拠が無くても「雰囲気」さえあれば起訴される仕組みだ。

 平均年齢さえ公正かつ正確に公表できず、証拠の改ざんを行う検察という組織に、「検察審査会」という万能の杖を与えることは、刑事政策上の悪夢でしかない。

 

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