ありえない設定は現実化してほしくない。

12 4月

 『図書館戦争』というライトノベルがある。

 日本において、国家による図書の検閲と取締りを行う「メディア良化法」が制定され、「メディア良化委員会」とその実行組織「良化特務機関」の言論弾圧が軍隊組織により実行されるという世界であり、その良化特務機関に対抗し、表現の自由を守る図書隊に所属する主人公が、日々たくさんの死者を出す戦闘(戦争)を繰り広げるという物語だ。

 

 『図書館戦争』を最初読んだとき、魔法や宇宙人がでてくるような「現実の世界ではいくらなんでもありえない設定だ」と思っていた。

 しかし、東京都が作ろうとしている『青少年健全育成条例』はまさに『図書館戦争』を現実にしてしまう条例である。

 

 表現の自由を検閲によって取り締まることは、思想弾圧と同義である。

 『図書館戦争』のように、表現の自由を守るために、血で血を洗う不毛な戦闘を続ける日本にはなってほしくない。


ナチスの弾圧 マルチン・ニーメラー牧師のことばより。

「ナチスが共産主義者を弾圧した時、私は不安に駆られたが自分は共産主義者でなかったので、何の行動も起こさなかった。その次、ナチスは社会主義者を弾圧した。私はさらに不安を感じたが自分は社会主義者ではないので、何の抗議もしなかった。それからナチスは学生、新聞、ユダヤ人と、順次弾圧の輪を広げていき、そのたびに私の不安は増大したが、それでも私は行動に出なかった。ある日ついにナチスは教会を弾圧してきた。そして私は牧師だった。だから行動に立ち上がったが、その時はすべてがあまりにも遅かった。」

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