自民党の凋落の責任者

30 7月

 民主党がマニフェストを発表し、自民党は民主党を必死になって批判している。

 自民党が野党に見えるのは、私だけではないだろう。

 

 自民党の凋落いつ始まったのか?

 またその責任は誰にあるのか?

 

 わたしは、安倍晋三にあると考えている。

 

 小泉純一郎の前の総理は、自民党の支持母体(ゼネコンや医師会など)を手厚く保護する政策により、政策の恩恵にあずかれない国民から批判を浴びて、内閣支持率は低迷することになった。

 しかし、内閣支持率は低くとも、自民党の支持率は民主党らを常に倍以上引き離していたという事実がある。

 内閣支持率は低くとも、自民党支持率が高いため、安定的に議席を確保することができていた。

 小泉純一郎は、力の衰えの目立つ支持母体を見限り、改革を志向する国民へ切り替えることにより、2/3の議席を獲得することに成功する。

 安定した自民党支持層と痩せた旧来の支持母体に、新しい自民党支持層を手に入れることによって可能となった議席数なのである。

 

 小泉純一郎の後に総理になった安倍晋三は、総理になると、郵政選挙で自民党から離反した議員を、次々と自民党に戻しいれた。

 このことによって、小泉純一郎によって開拓された新しい自民党支持層を失う結果となり、小泉前と変らない支持層になってしまった。

 さらに、小泉改革を継続するというパフォーマンスから、中途半端な歳出削減を続け、支持母体の更なる衰えと離反を招くことになった。

 最後のダメ押しは、所信表明演説を行った2日後に退陣表明をしたことである。

 この首相就任から1年での突然の退陣によって、安定した自民党支持層を動揺させることになった。

 安倍晋三によって、新しい自民党支持層を失い、安定した自民党支持層と痩せた旧来の支持母体をやせ細らせることとなった。

 

 安倍晋三から首相を引き継いだ福田康夫は、就任と1年足らずでの辞任により、安定した自民党支持層のさらなる離反を引き起こした。

 麻生太郎が首相に就任したときには、見る影もなくなった自民党支持層と、旧来の支持母体しかなかったのである。

 

 以上のことから、自民党の凋落は、安倍晋三が郵政選挙で離反した議員を自民党に復党させたことが始まりである。

 つまり、自民党支持率の低迷を招いた責任者は誰かといえば、安倍晋三をおいて他にいないと私は考える。

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